「AIが広告を再設計する」 DSP・SSP・Open Webの未来をATS Tokyo 2026の前に予習する

生成AIが広告業界にもたらす変化は、もはや広告クリエイティブの生成だけではない。
広告主の目的を理解してメディアプランを考え、必要なデータを探し、広告在庫を買い、配信後の効果を測定する。こうした一連の業務をAIエージェントが自律的に担う「Agentic Advertising」の世界が現実味を帯び始めている。
11月20日(金)に開催されるATS Tokyo 2026では、APTI共同代表の杉原剛氏と、電通 データ・テクノロジーセンター グローバル開発部 部長の前川駿氏、Magnite シニアアカウントディレクターの増原 亜沙子氏が、「AIが広告を再設計する。〜プランニングから広告取引、メジャメントまで〜」をテーマに議論する。
AI Agent、Supply Side Decisioning(SSD)、AdCP、ARTF――。
セッション概要には聞き慣れない言葉も並ぶ。そこでExchangeWire Japan編集部では、セッションに先立ち、杉原氏、前川氏、そしてATS Tokyoを企画する池田 寛氏の3名で事前ディスカッションを行った。
本稿では、その議論をもとに「AIによって広告市場の何が変わろうとしているのか」を整理する。当日のセッションを楽しむための予習として読んでほしい。
Open Webの弱点だった「複雑さ」を、AIが消してしまう?
Agentic Advertisingを考えるうえで、まず重要になるのがOpen Webの「fragmentation(分断)」だ。
GoogleやMetaのようなWalled Gardenでは、一つのプラットフォームにログインすれば、オーディエンスを選び、予算を設定し、広告を配信し、結果を見るところまで完結する。
一方、Open Webでは、パブリッシャー、DSP、SSP、データ事業者、計測事業者など、多数のプレイヤーが分散して存在している。
その多様性こそがOpen Webの価値でもあるが、広告を買う側から見れば「複雑で、面倒」という弱点にもなってきた。
ところがAIエージェント同士が共通の方法で会話できるようになれば、この複雑さを人間が処理する必要はなくなる。
広告主側のBuyer Agentに「この商品を、こういう人に、こういう目的で届けたい」と指示する。するとBuyer Agentがデータや媒体を探索し、Publisher側のSeller Agentと条件を調整する。
事前ディスカッションでも、バラバラだったOpen WebのプレイヤーをAgentがつなぐことで、Open Web全体を一つの巨大なWalled Gardenのような使い勝手で扱えるようになるのではないかという議論になった。
これはOpen Webにとって非常に大きな可能性を持つ。
これまでGoogleやMetaに広告予算が集まってきた理由が、必ずしも広告効果だけではなく「買いやすさ」にもあったとすれば、その差をAIが縮める可能性があるからだ。
Buyer AgentとSeller Agentが直接話したら、DSPはどの役割を担うのか
ここで、次の疑問が生まれる。
Buyer AgentとSeller Agentが直接コミュニケーションできるようになったとき、DSPの役割はどう変わるのだろうか。
現在のプログラマティック広告では、広告主側のDSPがデータを使って広告在庫を評価し、「このインプレッションをいくらで買うか」を判断する。
例えば将来、次のような構造が考えられる。
広告主
↓
Buyer Agent
↓
Data Agent / Seller Agent
↓
Publisher
こうした構造では、現在DSPが担っている意思決定の一部をAI Agentが支援・代替することで、DSPはより高度な最適化や広告配信の実行に注力できる可能性がある。
事前ディスカッションでも、AIによる意思決定の高度化が進むなかで、DSPの提供価値はどのように変化していくのか、という問いが浮かび上がった。
一方で、もう一つ考えるべき点がある。広告配信や課金、請求、決済といった機能まで、AI事業者が担うことはできるのだろうか。
DSPは、広告取引を支える既存の技術基盤を強みに、AI Agentを取り入れることで、より円滑な広告取引を実現していく可能性がある。AI Agentの持つ分析・判断能力と、DSPが培ってきた大規模な広告取引を支える技術基盤。それぞれの強みを組み合わせることで、プログラマティック広告のさらなる進化につながるかもしれない。
SSPは「広告在庫を流す会社」ではなくなる?
では、SSPはどうだろう。
Agentic Advertisingの世界では、Publisher側もSeller Agentを持つことができる。
Seller Agentが自社のコンテンツ、オーディエンス、広告在庫、1st-party Dataなどを理解し、広告主側のAgentに対して「この広告主の目的なら、この媒体のこの枠が適している」と提案できるようになる。
さらにSupply Side Decisioning(SSD)が進展すれば、Publisherは自社の広告在庫をより的確に評価し、収益化を最適化するとともに、オーディエンスの価値をBuyer側へ効果的に伝えられるようになる可能性がある。
一方で、こうした仕組みが広がるほど、透明性や信頼性をどう確保するかが重要になる。
Publisherが、
「私たちの媒体にはこんなユーザーがいます」
「この広告枠はブランドにとって価値があります」
と自己申告したとして、それを誰が正しいと判断するのか。
事前ディスカッションでも、この「審判」の必要性が議論された。
ここに、SSPの役割がさらに広がる可能性がある。広告取引を支える技術基盤に加え、Supply Sideのデータや知見を活用することで、取引の透明性や信頼性を高める役割も期待される。
Buyer AgentとSeller Agentによって広告在庫の発見や取引のあり方が変わるなか、SSPは既存の機能をさらに発展させ、Publisherの収益最適化や価格戦略を支援できるだろう。
さらにSSPは、AI Agentと既存の広告取引基盤をつなぎ、広告在庫の評価から取引の実行までを支える役割を広げていく可能性がある。AdCPのような新たな業界標準が普及すれば、異なるAgentや広告プラットフォーム間の連携も、より円滑になるだろう。
Agentic Advertisingによって、Publisherの収益化を支えるだけでなく、AI Agent同士をつなぎ、広告取引の透明性や効率性を高める。そのための技術基盤として、SSPの新たな可能性が見えてくる。
AIによって、データの活用方法はどうなるのか?
もう一つ大きく変わる可能性があるのが、データの位置づけだ。
これまでは、
Data
↓
DSP
↓
Targeting / Bidding
という構造が一般的だった。
DSPがどのようなオーディエンスデータを持ち、どのようなアルゴリズムで活用できるかは、DSP選定における重要な競争軸でもあった。
しかし、AI Agentが外部のData Agentから必要なデータを取得し、分析・活用できるようになれば、データに基づく意思決定のあり方にも新たな可能性が生まれる。
例えば、AIを活用した仕組みとして、
Data
↓
AI Agents + DSPs / SSPs
↓
Decisioning
という構造も考えられる。
これは、既存の広告プラットフォームをAI Agentが置き換えるという話ではない。むしろ、データや分析・判断機能をプラットフォームの枠を超えてつなぐ、新たな仕組みが生まれる可能性を示している。
こうした仕組みが広がれば、データ事業者、DSP、SSPなど、異なるプレイヤー間の連携がより円滑になり、必要なデータを活用しやすい環境が整うかもしれない。
データ事業者にとっても、特定の広告プラットフォーム内でのデータ活用に加え、AI Agentが必要に応じてデータを利用できる仕組みを整えることが、今後の重要なテーマになるかもしれない。広告業界におけるAI化は、単なる広告配信技術の進化ではなく、データ流通の再設計でもある。
AIは広告取引のコストと広告費の流れをどう変えるのか
こうした構造変化は、広告取引のコストや広告費の流れにも影響を与える可能性がある。
現在、広告主が支払う広告費のすべてがPublisherに渡るわけではない。広告会社、DSP、SSPをはじめ、広告取引にはさまざまなプレイヤーが関わっており、それぞれが提供する機能やサービスに応じた対価を受け取っている。
もしAIがプランニングやDecisioning、取引調整などを大幅に自動化できれば、それぞれの役割やコストはどう変わるのか。
事前ディスカッションでは、AIによる業務の効率化がコストの最適化につながり、広告主とPublisherの双方にとって新たな価値を生み出す可能性がある、という期待も語られた。
一方で、効率化が進んだからといって、それがそのまま広告主のコスト削減やPublisherの収益増加につながるとは限らない。既存のテクノロジー事業者もAIを活用して機能を進化させ、最適化や高度な分析、自動化など、新たな価値を提供していく可能性があるという議論もあった。
結局のところ重要なのは、
AIによる効率化で生まれた経済価値を、誰が取るのか。
という問題だ。
Buyer Agentを握る企業なのか。Seller Agentなのか。DSPやSSPなのか。データ事業者なのか。Publisherなのか。
あるいは、これまで存在しなかった新しいプレイヤーなのか。
ちょっと待って。そのAI、本当に採算は合うのか?
ここまで読むと、AIエージェントによって広告取引のさまざまなコストを削減できそうに見える。
しかし前川氏は、ここに別の視点を提示する。
AIそのものを動かすコストはどうするのか。
LLMは処理するトークン量や推論方法によってコストが発生する。
前川氏によると、自身で行った検証の一例では、LLMになるべく多くの計算を任せる設計と、同等の結果を得るために処理を最適化した設計を比較した場合、最大で約80倍のコスト差が生じたという。求める精度をある程度割り切った場合でも、約3倍の差があったとしている。
Agentic Advertisingを考えるうえで、これは無視できない。
たとえばBuyer Agentが多数の媒体、広告在庫、データを探索し、そのたびにLLMへ高度な推論を求めるとする。
技術的には実現できたとしても、そこで生まれる広告価値よりAIを動かすコストの方が高ければ、ビジネスとして成立しない。
広告は最終的にはROIを求められるビジネスだからだ。
つまりAgentic Advertisingの競争は、
「どのAIが一番賢いか」
だけではなく、
「同じ成果を、どれだけ少ない計算資源とコストで実現できるか」
でも決まる。
すべてをLLMに考えさせる必要もない。
従来型のアルゴリズムで処理した方が速く、安く、正確な領域もあるだろう。ルールベースで十分な判断もある。その中で、どの部分にLLMの推論能力を使うべきなのか。
Agentic Advertisingでは、AIを使うことそのものではなく、AIをどこで使うかを設計する能力が重要になる。
前川氏の問題提起を端的に表現するなら、
「そのAI、本当にROIに向き合っていますか?」
ということだ。
「AIなら何ができるか」という未来像だけではなく、「それはいくらでできるのか」まで考えなければ、Agentic Advertisingはビジネスにはならない。
AIが決めたことを、誰が説明するのか
そしてもう一つ、AIを実際の広告ビジネスに導入するうえで避けられない問題がある。
説明責任だ。
AIが、
「この媒体へ30%の予算を配分しました」
「このオーディエンスを選びました」
「この施策が最適です」
と判断したとして、広告主から「なぜですか?」と聞かれたらどうするのか。
「AIがそう言ったからです」では、数千万円、数億円の広告予算を扱うビジネスでは通用しない。
事前ディスカッションでは、AIがもっともらしい説明を作る能力そのものが、逆に危険になり得るという指摘もあった。
AIの説明が論理的に見えても、それが本当に正しいとは限らない。しかも人間側に十分な知識がなければ、その間違いに気づけない可能性もある。
さらにAI Agentが実際の広告取引まで担うようになれば、問題はより難しくなる。
AIが間違った媒体を買ったら誰の責任なのか。
不適切なデータを利用したら誰が責任を負うのか。
広告主なのか、広告会社なのか、Agentを提供する企業なのか。
事前ディスカッションでも、AIへ業務を委ねるのであれば、何がどのように判断され、どこで問題が起きたのかを後から追える透明性が必要になるという議論に発展した。
AIによって自動化が進むほど、
Transparency(透明性)、Explainability(説明可能性)、Accountability(責任)
の重要性は、むしろ高まるのかもしれない。
AIは広告の仕事を奪うのか、それとも再設計するのか
これは広告会社の仕事にも同じことが言える。
AIを既存業務の効率化ツールとして使えば、メディアプランナーがメディアプランニングを速くし、分析担当者が分析を速くすることはできる。
しかし、それだけで本当に「AIによって広告会社が変わった」と言えるのだろうか。
事前ディスカッションでは、既存業務を担当している人自身にAI活用を任せると、「自分の仕事を効率化するAI」にはなっても、**「そもそもこの仕事自体が必要なのか」**という発想にはなかなか至らないという指摘もあった。
AIが変えるのは仕事のやり方だけではない。
これまで人間が担ってきた広告業務を一度分解し、
何をAIに任せ、何を従来のテクノロジーに任せ、そして何を人間が担うのか。
そこから再設計する必要がある。
同時に、AIに何でも任せればいいわけでもない。
前川氏は、AIに高度な仕事をいきなり丸投げする状況を、新入社員に最初から難しい仕事をすべて任せることになぞらえる。
重要なのは、AIができることとできないことを見極め、適切な仕事を渡すことだという。
AIを使うことと、AIを信用することは同じではない。
この距離感もまた、これからの広告業界に必要な能力になりそうだ。
そして、AIはOpen Webを救うのか
Agentic AdvertisingによってOpen Webの複雑さが解消されれば、これまでWalled Gardenへ集中してきた広告予算がOpen Webへ向かう可能性がある。
しかし、それは自動的に起こるわけではない。
AIが効率よく広告を買えるようになったとしても、Buyer Agentから見て価値の低い媒体は選ばれなくなるかもしれない。
むしろ人間以上にシビアに、
「このPublisherに広告を出す価値はあるのか」
を機械が判断する世界になる可能性もある。
さらにOpen Webにはもう一つ問題がある。
誰がその仕組みを作るのか。
GoogleやAnthropicのように一つの企業が事業主体となってサービスを作る世界とは異なり、Open Webには明確な「オーナー」がいない。
事前ディスカッションでも、Open WebでAgentic Advertisingを実現するためには、パブリッシャーやアドテク企業自身がより主体性を持って標準化や仕組み作りへ関与する必要があるのではないか、という議論があった。
技術ができればOpen Webが復活する、という単純な話ではない。
だからこそ、今回のテーマは面白い。
Seller Agentと取引条件を調整するようになったとき、DSPとSSPはこうした技術と連携しながら、どのように役割を進化させていくのか。
AIによる効率化で生まれた価値は、広告主とPublisherに還元されるのか。それとも新たな中間プレイヤーへ移るのか。
AIを動かすコストまで含めて、Agentic Advertisingは本当に経済合理性を持つのか。
AIが広告予算を動かすようになったとき、その判断の透明性と責任を誰が担うのか。
そして、この構造変化は、本当にOpen Webへ新しい競争力と成長をもたらすのか。
11月20日のATS Tokyo 2026「AIが広告を再設計する。〜プランニングから広告取引、メジャメントまで〜」では、杉原 剛氏と前川 駿氏、増原 亜沙子氏の3名が、こうした問いを議論する。
これは「AIで広告クリエイティブを作る」という話ではない。
広告市場そのものをAI前提で作り直したら、何が起きるのか。
そんな視点でセッションを聞くと、30分間の議論が少し違って見えてくるはずだ。
ABOUT 野下 智之
ExchangeWire Japan 編集長
慶応義塾大学経済学部卒。
外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。
国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。
2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。
2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。




