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ぜんぶ議論しよう―マーケターの価値って、結局なんだ? 広告代理店と広告主、両方やってわかったこと―

新涼や 値のつかぬもの 量る夜

メインホストの一人である、あの天野 耕太氏が、また本企画に戻ってきていただき、久しぶりに居酒屋対談が実現した。

今回のゲストは、大手総合代理店を経験し、その後スタートアップのマーケティング責任者、経営メンバー、そして大手事業会社のマーケティング責任者へ。広告を「売る側」と「買う側」、さらに経営側まで一通り歩いてきた人物である。

そんな覆面氏に聞きたいのは、「マーケターの価値って、結局なんなのか」というシンプルな問いだ。大きな広告予算を動かした経験なのか。CPAやROASを改善する能力なのか。ヒットする企画を生み出すことなのか。それとも、事業そのものを成長させることなのか。

広告主側に立ってみると、代理店やマーケターの価値はどう見えるのか。コンペは本当に必要なのか。そもそも広告は、期待するほどの効果があったのか。そして生成AIによって多くの業務が代替されるとき、マーケターには何が残るのか。

恵比寿の居酒屋のカウンターで、三時間半にわたって「ぜんぶ議論」した記録である。

■覆面ゲスト:広告代理店、媒体社、大手事業者でマーケティングを歴任

■聞き手:天野 耕太氏(InMobi Japan)

■モデレーター:池田 寛氏(株式会社HEWEGO(スナック 支えあい) 代表取締役)

※取材協力:十兵衛(東京 恵比寿)

 

池田氏:さて、久しぶりの居酒屋対談ですね。天野くんがiPhoneを作っている有名な会社にいたりして表にでれない期間が続きましたが(笑)、その間は山田翔くんが代打を務めたり、杉原剛さんとスナック対談を始めたりと何とかつないできた感じです。
天野くん、ご無沙汰です!君は今、いったい何をしているの?

天野氏:15年前に日本立ち上げ時に勤めていたInMobiというグローバル広告プラットフォームの会社に出戻りまして、全体を統括する立ち位置ではありますが、メインはブランド広告を担当しています。
最近はグループ会社が「Glance」という、AndrooidスマホやAndroid TVの待機画面(スクリーンセーバー)を、AIを活用したインタラクティブな情報・コマース画面に変えていくプラットフォームなどを展開しています。
要するに、これまで広告とはあまり縁のなかったテレビの待機画面まで、広告や買い物の接点にしていこうという話です。
広告を出す場所も、広告のあり方も、どんどん変わってきているなと感じながら、相変わらず広告業界で頑張っています(笑)。

池田氏:しっかり宣伝してる時点で元気ってことですな。
そして今回のゲストですが、広告代理店から広告主にスタートアップの経営サイドなど、盛りだくさんのキャリアを積んだ覆面さんをお呼びしております。

とりあえず、みんなで乾杯ですね!乾杯!

 

天野氏:乾杯!(復活の喜びで、天野がグイグイ)

覆面氏:乾杯!(天野につられて、覆面もグイグイ)

池田氏:あらま、みんな喉が乾いてたんですね。
さて、今回のテーマは、

「マーケターの価値って、結局なんだ? 広告代理店と広告主、両方やってわかったこと」

です。

“マーケター”という言葉を取り上げると少しドキドキしてしまうのですが、毎年ATS Tokyoのトリを務めていただいている同志社大学教授の高広伯彦さんのお考えを私なりに解釈すると、マーケターとは「売上を追う人」ではありません。
「どう売るか」を考える前に、顧客にとっての価値とは何かを考え、その価値を高め、さらに「買われる」仕組みをつくっていく人。つまり、売上はマーケティングの目的というより、その結果としてついてくるもの、ということだと理解しています。

ですよね〜。

ただ、今日これから話そうとしている「マーケターの価値」は、たぶんCPAとかROASとか、予算とか、売上とか、そういう生々しい方向にどんどん行く気がしています(笑)。

(京都の方角を向き)高広さん、どうか読まないでください(笑)。

ということで今日は、広告代理店と広告主、さらに経営側まで一周してきた覆面さんに、実際のところマーケターは何を評価され、何にお金が払われ、これから何が価値になるのか。
今は何でも話せる立場だと思うので(笑)、その辺をぶっちゃけて聞いていきたいと思います。

「広告代理店ってかっこいいな」──研究室からテレビの買い付けへ

池田氏:まず、覆面さんって何者なんですか。これまでの経歴を伺えますか。

覆面氏:もともとは理学系の基礎研究をやっていました。そこから新卒で広告代理店に入って、テレビの買い付けを3年です。

天野氏:それはまた、広告からいちばん遠いところからのスタートですね。

覆面氏:「広告代理店ってかっこいいな」と思って入りました。それだけです。

池田氏:それだけかい。

天野氏:テレビの買い付けというと、当時?今も?総合代理店のど真ん中ですよね。

覆面氏:一番大事なところですね。2011年入社で、入社の直前に震災があって。まだスマホが出始めた頃で、テレビがむちゃくちゃ調子がよかった時代です。

池田氏:で、どういう仕事だったんですか。局の方と飲み会を繰り広げてたんですよね?

覆面氏:会食の機会は多かったですね。枠のやり取りは、最後は人と人の信頼関係で動く世界なので。

天野氏:代理店と局って、どういう関係なんですか。

覆面氏:どちらが上ということではなくて、お互いに欠かせない関係です。代理店は年間の大きな出稿をお預かりする立場ですから、局の方からも早いうちから声をかけていただく。若手のうちに顔と名前を覚えていただいて、その関係が何年か後の仕事につながっていく。そういう積み上げの世界でした。

池田氏:そこから事業会社側に移られたわけですね。

覆面氏:メディア系のスタートアップです。今の会長にあたる方が、大学のサークルの先輩なんですよ。資本提携でお金が入ったタイミングで、「CMをやりたいから、CM分かるならやってよ」と誘われて。

天野氏:いきなり代理店からクライアント側ですね。

覆面氏:出稿は代理店を通しましたけど、局がいくらで下ろしているかを知っているので、交渉は自分でやりました。デジタルに触れたのもそこからです。テレビの買い付けとデジタルの買い付けは全く別物なので、最初は全然わかんなくて。

池田氏:それはタチが悪いですねぇ。局の方もやりにくかったでしょう(笑)

天野氏:どういうお立場だったんですか。

覆面氏:最初はマーケティングの担当で、社員としては20番目ぐらいです。お金を一番使う立場だったので、「事業計画を書け」と言われて。書けるわけないじゃないですか。CFOと一緒に、教えてもらいながら結構書きました。上場審査の時の交渉も証券会社とのセッションもやらせてもらって、めちゃくちゃ幅を広げてもらいました。
あと「出稿してるから運用型広告は分かるでしょう」ということで、自社メディアのマネタイズで運用型広告の売上責任者もやることになりました。

池田氏:そこで私と会うわけですね。パブリッシャーと広告事業者という関係で。

覆面氏:そうです。

池田氏:結局何年いたんですか。

覆面氏:5年です。入った時が20人で、辞める時には社員が250人ぐらいいました。マザーズに上場して、その後東証一部市場変更して、業務提携もいろいろあって。

天野氏:すごい経験をされてますよね、一気に。

覆面氏:次は、友達がやっていたコスメ系のスタートアップに、シリーズAが終わるくらいのタイミングで入りました。4年ぐらいですね。事業自体はうまくいっていました。

池田氏:良いですね、覆面にする意味がドンドン薄れていく感じで(笑)。

テレビもデジタルもリアルも、同じ土俵で比べる

池田氏:そこからまた大手事業会社ですね。

覆面氏:知り合いがいたので誘われて。「マーケのヘッドのポジションが空いてるけど」という話になりました。

天野氏:次は何を見ていたんですか。

覆面氏:本体のマーケティングを全部です。テレビCMやアプリ内でのキャンペーン、イベント等含めて丸ごと。予算の規模は、それまでとは桁が違いました。

天野氏:テレビからデジタルまで、まとめて見るわけですよね。

覆面氏:チャネルごとに担当はいますけど、配分を決めるのは自分です。テレビにいくら、デジタルにいくら、と決めて、最後は全体でいくら使って、流通額の規模がいくらになったかで評価される。そこは前職までと責任の重さが違いました。

天野氏:以前のメディア系のサービスとは、マーケティングの構造もだいぶ違いますよね。

覆面氏:全然違います。メディアは、ダウンロードして起動してもらえれば、そこで価値が立つんですよ。でもその会社のサービスは、ユーザーにひと手間かかる行動を起こしてもらわないと、事業として回らない。

天野氏:そこで一番難しいのは何ですか。

覆面氏:その「ひと手間」を越えてもらうことです。受け身で使ってもらうだけなら、そんなに難しくない。でも自分から何かを始めてもらうとなると、途端にハードルが上がるんですよ。

天野氏:いくら簡単にしても、やらない人は一生やらないですよね。だから最初の成功体験が要る。

覆面氏:最初の一回をやってもらう、というのをKPIにしていました。獲得の数字ではなく、そこを見る。

天野氏:それは広告というより、サービスの中の仕掛けの話ですか。

覆面氏:それもありますし、マスの広告で「こんなに簡単にできますよ」と伝えるのもあります。サービスの中での仕掛けは当たり前ですが、サービスを使っている人にしか伝えられません。一方、テレビCMは、なかば強引にサービスを使ってない人にも15秒で伝えられます。

天野氏:関心の高い層は最初に飛びついたわけじゃないですか。でもその後に残った、「まあいいか」と思っている面倒くさがりの層をどう動かすか。

覆面氏:その人たちも、実は受け身の使い方ではサービスに触れているんですよ。知らないわけじゃない。あと一歩をどう踏み出してもらうか、という話でした。

池田氏:ネット広告だけでは届かない層ですね。

覆面氏:そうです。だからリアルの場にも出ていきました。オンラインの広告では絶対に動かない人たちに、対面で「こうすればできますよ」と伝える。デジタルの数字だけを見ていたら出てこない発想でした。

天野氏:予算が大きいと、そういう手も打てるわけですね。

覆面氏:打てます。ただ、大きな予算を預かる立場になると、テレビも、デジタルも、リアルの施策も、全部同じ土俵に乗せて配分を考えないといけない。そこがいちばん頭を使ったところですね。

「デジタルのコンペは、正直しょうもない」

池田氏:そんな覆面さんですが、代理店さんとはどういう向き合い方をしていたんですか?特にデジタル広告について聞きたいです。

覆面氏:大手事業者にいた頃は、結構使ってはいましたけど、運用型はかなりインハウスに切り替えました。

天野氏:もともとはアウトソース、効率化のために使っていたけど、それなら自分たちでやってしまえという判断があった、と。

覆面氏:僕が入った時は、ほぼ全部代理店だったんですよ。なぜ代理店になっていたかというと、運用できる人がいなくなったからなんです。でも出稿金額が大きいと、代理店のマージンが効いてくる。デジタルでも20%取っているところはざらにありますから。出稿金額がでかければでかいほど、自分たちでやった方がいいと考えるのは自然です。だから徐々に、特にリスティングみたいな自分でできる領域から内製化していきました。

天野氏:入った時点では、コンペで代理店が決まっていた状態だったんですか。

覆面氏:「コンペをやって決めました」という状態でした。でも当時の決め方はマーケをよく分かっていないために「コンペをやったからこの会社なんです」と言っているだけでした。個人的にはデジタルのコンペは、正直しょうもないと思ってます。

池田氏:あらま、コンペ、超無駄だと。

覆面氏:デジタルの場合、アカウントを2つ発行してパラレルで走らせて、どっちの成果がいいかを見ればいいだけなんですよ。それをコンペで資料を作らせて、話を聞いて、というのは代理店のリソースも削るし、こっちも選ぶのが大変だし、すごく無駄だなと。

池田氏:テレビは違うと。

覆面氏:テレビはさっきのバイイングの話があるので。大人の値付けがいろいろあるから、そこは知っている人を入れるのが一番いいと思いますね。

天野氏:デジタルでも、特に運用パフォーマンスのコンペは今むずかしいですね。

覆面氏:データをどう扱えるか、というところをコンペでちゃんと見極めるのは結構大事かもしれません。技術がしっかりしている会社だと、自分たちでデータをちゃんと処理できるので、媒体に渡すデータの整形もきれいにやれる。でも、そういう会社ばかりじゃない。自分たちでできない場合は代理店にやってもらわないといけないので、そこは代理店の意味があります。

飲みが面白い担当者は、評価されるのか

池田氏:とはいえ、代理店さんと向き合うにあたって重視するのは、担当する「人」ですか?結局、何においても人に依存する部分が多いと思うのですが、当たり外れって結構ありますか?部署異動とか担当変更とか頻繁にありますよね?

覆面氏:最初はいい人が来るんですけど、予算が減っていくとそうなりますよね。

池田氏:なるほど。予算が減ると部署異動が発生するんですね(笑)。「せっかく育てたのに」って、前に会った時に言ってましたよね。

覆面氏:それはめちゃくちゃあります。こちらもある程度きちんと向き合っていないと、だんだん優先順位を下げられてしまうんですよ。「ここまで説明しておけば大丈夫だろう」「レポートをこの粒度で出しておけば特に何も言われないだろう」と。

天野氏:レポートを出して何も言われなければ、いつの間にか若手だけになっている、みたいな。

池田氏:そんな中で「この人はいい」と思う担当者って、何をもっていいと判断するんですか?

覆面氏:成果が出るのが一番わかりやすいですね。

池田氏:そりゃそうか。とはいえ、飲み会とかで築く人間関係も重視するんでしょ?覆面さん、見た目的にフィジカル系だし。

覆面氏:ないですね。フィジカルは一切関係ないです。

池田氏:怖っ(笑)。「ある」と言ってくれたら誰かに希望を与えられたかもしれないのに。(とりあず、目の前の焼酎を全部飲む)

天野氏:(天野氏も目の前の焼酎を全部飲む)
僕、失敗談があるんですよ。当時あるプラットフォーム企業に提案しに行ったんですけど、相当頭のいい人たちの集団なので、ミーティング中に「結論なんですか」とガンガン詰めてくるんです。「今日はお日柄もよく」みたいなコミュニケーションでいこうとしても、そんなものは要らない、と。

覆面氏:ドライですよね。

天野氏:「何ができて何ができないかを言ってください」という感じで。相手が言ったことをパッと理解して、できる・できない・持ち帰る、をその場で返さないといけない。なぜ失敗談かというと、当時勤めていた企業の該当のソリューションがまだ完全にレディじゃないタイミングで行ったので、できる・できないをパッと言えなかったんです。

覆面氏:こちらの意図を素早く汲み取って先回りしてくれる営業はありがたいです。「何が今したいのか」をちゃんと汲み取ってくれるのはすごく大事。

天野氏:コミュ力って言うと「何々さんゴルフ好きっすよね」みたいな意味に取られがちですけど、そうじゃなくて、相手が今どういうステータスで、こう言ったということはこうしてあげないといけない、というところまで読む力ですよね。

覆面氏:代理店で求められるのは、まさにそのコミュ力じゃないんですよ。

池田氏:とはいえ、そのコミュ力に加えて飲み力もあったほうがいいですよね?(池田、執拗に飲みにもっていこうとする)

覆面氏:(...無視)

天野氏:(...無視)

池田氏:(焼酎のボトルを追加発注)

天野氏:何度かクライアントさんから聞いたのは、コンペの時だけ超優秀なチームが出てくる、という話です。資料も素晴らしいしプレゼンも素晴らしいのに、決まったら全然違う人だったりする。

覆面氏:大手だとありますね。予算が大きいところだとそこまでないんですけど。

天野氏:小さいところだと、取った後は二度と会えなかったりして。

覆面氏:「この金額しか出さないやつは、いつ担当がいなくなってもいい」となってしまうので。

池田氏:現金な世の中ですな。

AI時代の「優秀さ」とは

池田氏:今って、AIをフル活用する世の中になりつつありますが、そうすると、知識とかアフトプットという意味だと「優秀さ」って平準化していきませんか?どういう基準になっていくんでしょう。やっぱり飲み力ですかね?(しつこい)

覆面氏:ロジカルに説明できる正解のテンプレートが、代理店の人にもチーンって出てくるわけですよ。

天野氏:今時点だと嘘もつくので、それをちゃんと見抜けるかというのはありますね。ハルシネーションは全然あります。

覆面氏:それも多分なくなってきますから、そこは埋まる。最後にどこが残るのか、という話ですよね。

池田氏:AIをフル活用できる素晴らしき時代の到来ですもんね。AIが作ったアウトプットのほうが、早いし、わかりやすくて伝わるケースも多いと思いますし、活用しない理由はありません。

覆面氏:結局、その分析や監修が誰なのか、という話になってくる。AIで出てきたレポートについて、内容をちゃんと理解した上で「自分の監修でやりました」と言い切れる人ぐらいしか、価値が残らないんじゃないかと思います。

天野氏:ただ読んでるだけのやつだな、というのは多分バレますよね。

覆面氏:バレます。

天野氏:だから底上げにはなりますよね。人材の底上げにはならないかもしれないですけど、アウトプットのクオリティの底上げにはなる。「この人、何を作ってきたんだろう」というものはなくなるわけですよね。

覆面氏:ただでさえすごい人が、さらにAIをうまく使ったら、さらにスーパーマーケターになる。それは感じますよね。やっぱり頭のいい人は使い方がうまい。

池田氏:最近よく感じるんですが、AIで作ったと思われる資料ってめちゃくちゃ長くないですか?細かいし。ちなみに、ExchangeWireの記事も最近になって編集長がAIをやっと覚えたことで長くなってきてますし、この記事は相当長くなるはずです...(笑)。

覆面氏:長いです。しかもめちゃくちゃ増えてる。

天野氏:提案で持ってくる資料もそうですし、社内で作られるものも、大したことないのに長く作るじゃないですか。

池田氏:で、受け取った側はそれをまたAIにぶっ込んで要約してもらってる。世界の電力がなくなっちゃいますね...

覆面氏:知り合いのマーケターで、「AIが作った資料ははなから見ない」というスタンスを貫いてる人がいますよ。

池田氏:気合い入ってますね笑。とはいえ、資料にも個性というか人間味は必要ですよね。僕はフィジカルな資料が好きです。

覆面氏:そもそもプレゼンって、1ページ1メッセージで作るのが基本じゃないですか。ワンスライド・ワンメッセージ。それがAIだと、1枚に詳細が全部モリモリに詰め込まれた資料が量産されてしまう。

天野氏:最近SNSでも、写真1枚の中にすごく長い文章が全部まとまってるやつがありますよね。あれはあれで、めくらなくていいから分かりやすいのかなとも思うんですけど。

実行者で終わるのか、全体像を語れるのか

池田氏:これまでの話の流れ的に、代理店側のマーケターについて話してる感じですよね。

天野氏:代理店もマーケターだし、クライアントもマーケターでいいんですけど、僕が気になるのは、実際のマーケティングという活動の中で、覆面さんは相当多岐にわたる業務をやってるんですよ。会社が求めているマーケターって、実際に商品を普及させるためにいろんなことをやる人ですよね。実行まで見て、その実行がたまたま広告を代理店に任せることだったり、内製化することだったりする。だからマーケターってすごく広いところにいて、そこに対して代理店がある。

覆面氏:パーツごとに任せる場合と、そうじゃない場合がありますよね。

天野氏:小さい規模のクライアントさんだと、壁打ち相手というか伴走者みたいな関係があると思うんです。それは代理店だったとしても、マーケティングのグランドデザインから一緒に話ができないと成立しない。でも大きい規模でパーツを任せている場合、そこで優秀な人って「実行者として優秀な人」になるんですよ。全然違う話だなと思っていて。

覆面氏:まあ、それはそうかもしれない。どっちにも優秀な人はいるし、そうじゃない人もいると思いますけど。ちゃんと事業を分かってくれた方がありがたいですよね。こっちが見落としてるポイントがあるかもしれないから。

天野氏:そうすると、小手先ではできないですよね。小手先の人は上に行かない。

覆面氏:あんまり評価しないかもしれないですね。

天野氏:パフォーマンスが良くて、正しいレポートが返ってきて、というだけだと、それはただの実行者であって。

覆面氏:それは前提なんですよ。それがないと任せられない、という最低限のクオリティです。その上で優秀な人というのは、やっぱり全体像が見えていて、こっちの課題を先回りしてくれる人ですね。

池田氏:で、その先にフィジカルがあると(しつこい)。

覆面氏:フィジカルまで来たら、もう(笑)。

天野氏:最後に言いたかったのは、僕は媒体側にいるので、どうしてもパーツなんですよ。「全体のマーケティングの中の刈り取りの部分をお願いします」「アプリのインストールの部分をお願いします」と。たまたまお会いする機会があった時に、自分は興味があるから「最近こういうことやってますよね」と話したくなるんですけど、それを語っていいんだっけ、良くないんだっけ、と思うんですよね。

覆面氏:語ってくれた方がいいんじゃないですか。

天野氏:クライアントさんが求めてくれてるなら自分はラッキーなんですけど、逆に「そこには忠実であってほしい」というケースもあるのかなと。

覆面氏:「余計なことするなよ」と思う人はいないんじゃないですか。むしろ「こんなことも知らないで営業に来るなよ」という方が多いと思います。

天野氏:質問した理由は、媒体側は間に代理店が入ると、全体像の情報が下りてこないこともあるんですよ。「アプリならCPIが500円で、この後のパフォーマンスはこう判断してます」という話はあっても、全体像は分からない。「そもそも今回のテストは何なのか、どういうフェーズなのか」があまり説明されない。してくれないケースも多いし、そもそもパーツだけを依頼されているということでもあるし、分かってて言わないのか情報がないのかも、こっちには分からない。

覆面氏:僕は割と媒体に近いので直接話したりしますけど、代理店はクライアントが媒体と直接話すのは嫌なんじゃないかと思うんですよ。

みんな薄々分かっているけど、口にしないこと

池田氏:まさにその流れで伺いたいんですけど、広告業界でみんな薄々分かってるけど、あんまり口にしないことって何ですか。「これはもうやめた方がいい」と思う業界慣習とか。

覆面氏:まさにそれじゃないですか。代理店がクライアントと媒体を直接つなげるのを妨げること。

天野氏:それは本当にそうですよね。媒体側から見ても、代理店を飛ばして直接クライアントと話す機会は限られてしまいますね

池田氏:なんで嫌がるんでしょうね。直接話しても、結局その代理店を通すわけですよね。

天野氏:お互いに介在価値があると感じていれば、絶対に通しますよね。

覆面氏:一つは、サボってることがバレるからです。

池田氏:「この人は俺のものだ」みたいな、独占欲とか嫉妬心とかもある感じ?

覆面氏:嫉妬というより、経済合理性の観点だと思います。こっちの媒体にいっぱい発注したいのに、別の媒体に多めに発注しろと言われた、みたいな調整をしていることがバレたくない。

天野氏:かなり前ですけど、地方に出張に行った時に、パーティーでクライアントさんに会ったんです。普段は代理店さん経由のクライアントなんですけど、「御社のマージン、高いですよね」と言われて。「そんなマージンは決めてないですけど」と答えたら、とある代理店がその地域ではかなりの%の代理店マージンを乗せていたことが判明しました。

池田氏:あら、香ばしい。

天野氏:地方でやっていることは東京まで情報が来ないんですよ。行くまで分からなくて。効果がいい媒体で稼いだ分を、他の媒体の不足分の穴埋めに使う「ならし」をやっていたのかもしれませんが。

覆面氏:まあ、だいたいそういう構造だと思います。

天野氏:そこは下手に言えないなと思って、「いや、そんなに高いですか」と一旦ごまかしましたけど。(天野氏、もう一杯発注。)

池田氏:あら、大人。

天野氏:パフォーマンスで突っつかれた時に「もしかしてちょっと乗せすぎてるからじゃないですか」と言えるようにはなりましたけどね。

池田氏:楽しくなってきましたね。クライアント側にいた頃に言えなかったことはありますか?(池田、もう一杯発注。)

覆面氏:クライアント側だと、あんまり言えないことはないですよ。仕入れの話は別ですけど。代理店の時にすごく驚いたのは、同じテレビ枠でも、売っている値段が全然違うことです。

池田氏:あらま。

覆面氏:ナショナルクライアントが数万円で買っているものを、別の会社がその何倍もの値段で買っていたりする。クライアントは知らないんです。

天野氏:予算の大きさによる差ですか。

覆面氏:それもありますし、事情が違うケースもあります。新製品の発売タイミングが直前まで下りてこない会社だと、直前で仕入れないといけない。だから「高くてもいいから絶対に枠を開けてくれ」となる。

天野氏:スタートアップだと?

覆面氏:普通に高値づかみをさせられることはありますね。

池田氏:あらま。

 

「価値は取扱額で決まる」は本当か

池田氏:話はかわりますが、「マーケターの価値は取り扱っている金額で決まる」って前に覆面さん言ってましたよね?

覆面氏:確かに言いましたね。真意はちゃんと伝わっていないかもですが。

池田氏:真意はどうなんですか。

覆面氏:お金が少なくてもできることはいっぱいあるんですよ。ただ、お金を使った方ができることが増える、というだけです。引き出しの数が増えるんです。いきなり10億渡されて「どう使いますか」と言われても、1000万しか使ったことがない人には想像がつかない。

池田氏:そりゃそうですね。

覆面氏:なので「このぐらい使っておかなきゃ」というより、「どのぐらい使った経験があるか」はあった方がいいんじゃないの、ということです。

天野氏:極端な話ではあるんですけど、実際そうなんじゃないですか。もちろん、どこかにぶっ込んでるだけなら意味がないですけど。例えば月の予算が1000万円ぐらいだったら、僕も提案する時に立場を越えて「まずGoogleだけやった方がいいのでは」と思うこともありますよ。

覆面氏:完全にそうです。

天野氏:でも1億円になると、2割か3割はいろんな媒体を試してみようかとなって、頭を使わなきゃいけない場面が出てくるかもしれませんね。

覆面氏:アプリの獲得だと、Googleで月にいくら使えるかというと、5000万ぐらいが体感の限界なんですよ。だから修行するなら、大きな予算を持っている事業会社に行く方がいいと思います。

天野氏:そりゃそうですよね。BtoCブランドをやってて月100〜200万円だったら、インスタだけやります、で終わっちゃう。

覆面氏:「君はGoogle担当ね」と言われたらそれまでだったりする。でかい組織だと逆に細分化されますから。予算規模が大きい組織の予算配賦も考えられるポジションは頭を使わなきゃいけない場面が増える分、成長機会もあると思います。

その誘い、断りたくなる理由

池田氏:さて、更に話は変わりますが、会食って必要だと思います?

覆面氏:発注につなげようとする下心が見え見えの誘いは嫌ですね。「こういう目的があって飲みに行く」というのが透けて見えると、誘われても断ります。

天野氏:自然な流れがあるかどうか、ということですかね。僕は立場上、誘わなきゃいけないことも多いんですよ。媒体側として、四半期の売上が固まったら「その後に飲みに行きましょう」となる。向こうも言われるんだろうなと思ってるし、こっちもセットしますという流れが多いです。あとは担当者レベルだと、もう友達だからみたいな。

池田氏:恋愛と同じですね。(池田、飲む。)

覆面氏:「この日は空いてますでしょうか」というのが何個も送られてくるわけじゃないですか。自然な流れじゃないやつは断りたくなります。

池田氏:覆面さんはサウナが大好きだと聞いてますが、自分の趣味にあわせてくれるのはうれしいんですか?

覆面氏:実はサウナに誘われるのが一番嫌なんですよ。

池田氏:あらま。

覆面氏:先方が私の趣味がサウナなのを知っていて、「サウナ好きだから、誘えばいいんじゃないか」と思われているのがすごく嫌なんです。趣味ってすごく神聖な場所というか、自分にとっての。そこに仕事が半端に入ってこられるのが。

天野氏:会食のついでの「サウナ行こう」ですね。

覆面氏:そうです。サウナに入ってからご飯を食べに行くということ自体は友達とならいいんですが、シラフでよく知らない人と行くサウナはかなり気まずいです。

池田氏:飲んでからサウナは危険ですもんね。

覆面氏:飲んでからサウナに行こうというお誘いはあまりされたことがないです(笑)ただそもそも、相当仲良くないとサウナ自体辛いですよ。都内のサウナだと会話OKのところも少ないので謎に目配せし合って気を使ってサウナに入るのもなんなんだという、、、かといってプライベートサウナみたいなのを予約されてもあんま私の好みではないのに気を使って「いいサウナですね」と思ってもいない会話をするのは本当に苦痛です。

天野氏:向こうも苦痛ですよね、それ。

覆面氏:コントなんですよ。お互い楽しくないのに「楽しい雰囲気」を演じないといけない。何のコントなんだろう、と。趣味を持ち出すのは、双方のレベルが揃っていない場合、良くない方に転ぶことが多いです。

池田氏:取引先でも気の合う仲間的な人に誘われるのはありでしょ?

覆面氏:そういう人だと普通に楽しいんですけどね。

池田氏:逆に私は、自分が普段良く行くお店とか生活動線上のお誘いは全然ウェルカムだったりしますけどね。「今日、十兵衛で飲みませんか」だったら「いいよいいよ」となる。会食でなくても、普段そこで飲んでるのでそこに仲間が加わるってだけなので(笑)。

天野氏:流れですよね。

池田氏:でも、仲良くなった方が言いやすいのは間違いないですよね。いろいろ。

覆面氏:それはそうですね。池田さんには気を使わずに話せるわけですし。だから、関係構築という意味で会食自体はあった方がいいとは思います。ただ、それを利用して発注につなげようという感じが見えると一気に冷めます。

池田氏:田原俊彦的に「偶然バッタリ出会う(※)」のが一番いいということですかね?
(※)1982年発売「ハッとして! Good」参照

覆面氏:利害関係が最初からある出会い方だと、構えちゃいますね。偶然の出会いから続いてる関係の方が長続きしてます。

池田氏:「パッと目覚める」わけですね。(池田、飲む。)

一次会は必ず自分が払う、その理由

池田氏:とはいえ、色々な会食を経験していると思うのですが、印象に残ってることってありますか?

覆面氏:デジタル系の大手代理店はすごいですよ。飲みに行く時は、一次会は必ず自分が払うようにしてました。

天野氏:なぜですか。

覆面氏:二次会がとんでもなく高いからです。現場のメンバーでも、一晩で数十万円は平気で動きますから。

池田氏:わおっ!ぜひ我が「スナック支えあい」に強制収容願います(笑)

覆面氏:場所もだいたい決まってるんですよ。会員制なのかは分からないですけど、使っている店を聞けば絶対に一致すると思います。あんまり好きじゃないので、僕は行かないですけどね。

天野氏:デジタル系の代理店には特殊な事情もあるんですよね。クライアントにはお金を使うけど、逆側の媒体には、代理店ってお金の流れが逆だから普通は使わない。でも一部の代理店は、メディア側の人たちに対しても使うんですよ。

池田氏:ほう。

天野氏:社外の関係者ときちんと接点を持てているか、というところを見ている会社があるからです。使わないでいると、逆に「社外とコミュニケーションが取れていない」と見られてしまう。

覆面氏:もてなしの型が、かなりきっちり決まっているんですよ。全員がほぼ同じやり方をする。

池田氏:それって、される側からすると嬉しいんですか?

覆面氏:正直、そこまでではないです。同じ型が続いているということは、それが成功する確率が高いからなんですよね。クオリティが同じなら、そっちの方がいいよね、というのは人間なのでなくならないと思います。ただ、それで発注が決まるかというと、それは別の話です。

池田氏:同じコースで良ければ、考えなくて良いですもんね。

覆面氏:逆に、女性の担当者と一緒の接待で、マジックバーに連れて行ってもらったことがあるんです。あれは普通に楽しかったですね。

池田氏:マジックバーは面白いですよね、盛り上がる(笑)。

覆面氏:性別を問わず刺さる手札だなと思いました。ああいう工夫の方が、よっぽど記憶に残ります。

天野氏:いい引き出しですね。

池田氏:とりあえず、今後はスナック支えあいに誘導するよう、全力で会食を受けてくださいね。

立場が変われば、連絡は来なくなる

天野氏:ある企業の宣伝部の方から聞いた話なんですけど。その方が一度、宣伝部を離れてグループ会社に出向したら、それまで周りにいた業界の関係者から、一切連絡が来なくなったそうなんです。でも、また宣伝部にマネージャーとして戻ったら、何事もなかったかのように接してくる。

池田氏:そういうのありますよねぇ...

覆面氏:代理店の先輩でも同じようなことがありましたよ。僕は代理店に3年しかいなかったので、10年目の先輩というと、当時はとにかく怖い存在だったんです。こちらは覚えていても、向こうからすれば末端の1年目、2年目の社員ですから、覚えているはずがない。ところが僕が事業会社側に移った途端、その先輩が営業として会いに来るんですよ。

池田氏:あらま。

覆面氏:ちゃんと調べていらっしゃるんですよ。「◯年入社ですよね!よくおぼえてますよ〜」と。まあ、仕事の関わりがあったのは間違いないのですが、すぐ分かる嘘で逆に信頼を失くします。

天野氏:自分も、小さな会社にいる時と大きな会社にいる時とで、代理店の扱いが全然違うのを経験しました。この業界は狭いので情報も回りますし、代理店出身者がクライアント側に転職することもざらにある。だから横柄な感じで接するのは、すごくリスクがある気もしますよね。

覆面氏:僕自身も代理店からクライアント側に行ってますから。

天野氏:逆に、弱い立場やお金を使えない立場になった時に変わらない付き合いをしてくれる人は、本物だなと思います。

覆面氏:前のスタートアップの時、全然お金がなくて出稿できなかったんですよ。それでも同じような付き合いをしてくれる人はいました。でも、お金がなくなったら連絡が来なくなる人もいる。

池田氏:営業って大変だ。

覆面氏:そうかもしれないですけど。立場が変わっても態度を変えない人こそ、本物だなと思います。

好きになった理由は忘れても、嫌いになった理由は忘れない

池田氏:そういえば、ちょっと素敵な記事を見つけて、その話がしたかったんですよ。今、獲得一辺倒の「ファストアドバタイジング」に対して、「スローアドバタイジング」という概念が出てきているそうです。

天野氏:本質的な価値を届ける広告への転換、という話ですね。

池田氏:要は、短期的な広告効果や効率ばかりを追いかけず、時間をかけて生活者との信頼や関係性を育てていこうというやつです。
とにかく効果とか収益とか、短期的で直接的な結果を求めてやってるから、ウェブが広告まみれになってめちゃくちゃになっていますよね。そうじゃなくて、ユーザーの受容度が高い広告をちゃんと作ろうよ、という話です。

覆面氏:事業のフェーズによると思います。最初は絶対に獲得しないとダメなんですよ。プラットフォームはユーザーがいないと価値がないので、獲得で行く。でも、それを続けると伸びなくなるんです。それ以上に、嫌いになる人が出てきちゃう。

天野氏:傍から見ていても、「安心して使える」というブランド訴求を並行してやってましたよね。

覆面氏:途中から愛されるブランドになっていかないと。マーケティングで一番意識しているのは「嫌われないこと」です。

池田氏:嫌われないこと。

覆面氏:恋愛に似てるってよく言うんですよ。好きになった理由は覚えてないけど、嫌いになった理由は絶対に覚えてる。

天野氏:確かに。

覆面氏:「通知が死ぬほど来たから、このアプリを嫌いになった」というのは、はっきり覚えてるんです。好きになった理由は覚えていないから、一度嫌いになられたら絶対に戻ってこない。

池田氏:なるほど。

覆面氏:クリエイティブも、とりあえずクリックさせてLPに飛ばす確率を上げます、というよりも、受容性の高い広告を意識してやる。ただ、バランスが大事で、獲得型が絶対NGというわけじゃないです。ちゃんと獲得しないと成果が出なくて、会社が潰れちゃうので。

天野氏:でも獲得に振り切ると、途中で伸びが止まる。

覆面氏:完全にそうです。

天野氏:事例を調べたら、なるほどなというのがあって。パタゴニアが「Buy Less, Demand More」というキャンペーンをやってるんです。地球環境を守る会社として、なるべく買う量を減らしましょう、と消費者に呼びかける。

池田氏:買いすぎないようにしましょう、というキャンペーンをやったら、逆に売れちゃうんですね。

天野氏:いい会社だと思われますからね。

池田氏:それで言うと、最初に話した高広さんがおっしゃっているマーケターの定義でいう、「どう売るか」を考える前に、顧客にとっての価値を考える人で、「買われる仕組み」を作る人だということになりますね。

覆面氏:ユーザーに動いてもらう仕組みを考えるのは、まさにマーケターの仕事ですね。ただ、経営者視点で言えば、金を使うんだったらちゃんと売上を上げるのは当たり前の話だと思います。金を使ってるんだから業績を伸ばせよ、と。なので、「マーケターは売上を追う人じゃない」というのは、マーケター自身が言うことではないと思います。正直、両方やらなきゃいけない部分だと思います。

 

「ゲームの担当なのにゲームをやらない」──ダメなマーケター三選

天野氏:逆に聞きたいんですけど、自社も他社も見てきた中で、「これはダメだ」と思ったマーケターのタイプって。

覆面氏:一つ目は、ブランドを作ること自体に没頭してしまうタイプですね。「世の中に残すものを作る」という言い方をされる。でも、映画を撮っているわけじゃないんですよ。それは自分の作品ではないですよね。

池田氏:カンヌで賞を獲りたい、みたいな話ですね。

覆面氏:出してる方は気持ちいいし、「あれやったの、すごいね」となる。「お前がやったのか」と言われたい。でも事業が伸びないと意味がない。それで結果として事業が伸びるなら全然いいんですけど、そうじゃないのがすごく多い。

天野氏:事業会社側にもいるんですか、そういう人。

覆面氏:事業会社にも結構います。いっぱいいます。

池田氏:他には?

覆面氏:コンサルや外資系メーカーのご出身で、フレームワークから入るタイプの方ですね。もちろん、そうではない方もたくさんいます。
説明は整っているんですけど、現場の手触りがないんです。概念としては合っているのに、具体をちゃんと知らない。

天野氏:概念としては合ってるけど、実際は違うじゃないか、と。

覆面氏:三つ目が一番ダメですね。マーケティングの手法だけ分かっていればできるからと、自分が担当しているサービスを実際に使ったことがないタイプ。これは致命的です。使っていないと、どうしても表面的なことしか言えなくなる。ゲームの担当なのにゲームをやらない人とか、実際にいますからね。

天野氏:それは代理店や媒体の営業にも多いですよね。

覆面氏:担当しているクライアントのサービスを一度も使ったことがないまま、提案のアポイントに来られる方がいるんですよ。そうなると「なんでこの人が担当なんだろう」と思ってしまいます。

優秀なマーケター三選──最後は「センス」

池田氏:逆に、いい人の条件はありますか?

覆面氏:一番大事なのは、誰よりもそのサービスを使い込んでいることです。ちゃんと自分が一番使っていた、と言えること。

天野氏:二つ目は。

覆面氏:効果計測をちゃんとやろうとすること。仮説を立てて、検証して、次にどうするか。そのサイクルをちゃんと回せる人ですね。

池田氏:三つ目は。

覆面氏:感覚的な話になっちゃうんですけど、最後はセンスですね。

池田氏:センス?

覆面氏:人に喜ばれるために、ちゃんと努力してきた人だと思います。何をすれば相手が喜ぶかを考えて、実際に動いてきた人。その積み重ねがセンスになる。

天野氏:生まれつきのものではなく、磨いてきたものだ、と。

覆面氏:そうです。だから、そこを面倒くさがってきた人は、どうしても分かるんですよね。

池田氏:あら、とっても大事なことですね。

「マーケティング以外のことをやった方がいい」

池田氏:若い世代のマーケター、20代30代の人がこれからキャリアアップしていくには、どういうことをアドバイスできますか?

覆面氏:僕は、マーケティング以外のことをやった方がいいと思います。

天野氏:マーケティング以外。

覆面氏:マーケティングってお金を使う部署なので、代理店やメディアからは偉い人として扱われるじゃないですか。そこで勘違いしちゃう感じがあって、それがあんまり良くないなと。

池田氏:なるほど。

覆面氏:あと、マーケターは経営企画とやり合うことが多いんです。経営企画は利益を出さなきゃいけない。一方でマーケターは、いろいろなことをやるためにお金が必要で、使いたい。だから経営企画から「利益がどうこう」と頭がよさそうな感じで言われた時に、ちゃんとそれを説明できるかどうかは、マーケターにとってすごく必要な能力です。でも、あんまりできる人がいない。

天野氏:コストとして見られてしまいますからね。「もともとオーガニックで行けたじゃん」「サービスがいいんだから自然増だったじゃん」という話になる。

覆面氏:説明性が低いと説明ができないから、「じゃあお金は少なくてもいいよね」という話に当然なる。結果、事業が伸びなくなって、「伸びない理由は何だ」となった時に「削ったからだ」とちゃんと説明できない。

池田氏:トップが変わったらそうなりがちですよね。

覆面氏:トップがマーケティングの重要性を分かっていれば自由にやらせてくれますけど、変わったらそうじゃなくなる。ちゃんと説明できないとお金を使わせてくれないです。

天野氏:結局、マーケター自身もそうですし、呼応する代理店もそうですけど、全体像を語れないときついですよね。決められた予算の中で実行する人としてどれだけ優秀でも、「いらなくね」と言われた時に必要性を主張できない。しかも実行はAIで代わりができちゃう。そっち側だけの人も「マーケター」と呼ばれていると思うんですけど、そこはAIにカバーされるかもしれない領域ですよね。

また生まれ変わっても、マーケターをやりますか

池田氏:もう長すぎて言葉少なになってる僕ですが(笑)、最後の質問をさせてください。また生まれ変わっても、マーケターになりますか。

覆面氏:やらないと思います。別にやりたくてやってるわけじゃないので。たまたまそうなってるだけです。

池田氏:散々語った後にそれ、めちゃめちゃ面白いですね(笑)。

覆面氏:そのまま研究の道に進んでいたら、ここにはいないかもしれないですし。もともとは学者になりたかった人間なので。

天野氏:人間はなぜ生きてるんでしょうね。

覆面氏:真理の探求のために生きています。それを探求していない人生には、正直あまり価値を感じないです。

池田氏:何の話ですか?心理?(笑)

覆面氏:心理じゃなくて、真の理の方ですね。ものの理を解き明かす。

天野氏:お金を得て生きていくことが真理だ、という感じはないですか。

覆面氏:ないですね。作物を育てて収穫して食べる、狩りをして食べるというのが、たまたま現代ではお金という形に置き換わっただけだと思っています。そこに価値の本質があるとは思えない。

池田氏:あら、続けるのですね?(笑)、覆面さんにとって真理とは?

覆面氏:数学です。絶対に正解が出るので。すべての元になる、一番崇高なものだと僕は思ってます。数学ができることに対しては尊敬を持っています。

池田氏:この長い議論のオチは数学ですか...真理ですな。

天野氏:貴重なお話をありがとうございました。

覆面氏:いやいや、そんな貴重な話じゃないですよ、これ。

池田氏:皆さん、数学を学び直しましょうね!

 

秋の酒 真理を追うて 三時間

時刻は午後9時を回っていた。

恵比寿ガーデンプレイスから駅の東口へと続く、あの気の長い動く歩道。酒の入った我々は、その上をさらにのんびりと歩く。その脇を、さっきまで働いていたであろう素面の人たちが、早足で抜き去っていく。抜きざまに、ほんの少し白けた空気を落としながら。それを浴びてふと我に返ると、こんな時間から出来上がっている自分が、一瞬だけ気恥ずかしくなる。 

東口の改札で、覆面氏は「では」と軽く手を上げた。日課のサウナに向かうのだという。真理の探求者は、最後まで自分の流儀を崩さない。

残った我々は、まだ宵の口の恵比寿の雑踏へと、また紛れていった。

ABOUT 加納 奈穂

加納 奈穂

ExchangeWireJAPAN 編集担当
武蔵野美術大学卒業後、出版社に入社。WEBサイトや広告の運営に従事。その後コスメ情報サイトのコンテンツマネージャーを経て出版社での通販事業において販売促進業務を担当する。通販会社にてSNS運用に携わったのち、2022年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。現職に至る。