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激流を読み解く~ パブリッシャーをとりまく『アドテクの理想と現実』~ | WireColumn

写真 山岡氏

ads.txtの普及やプラットフォーマーによる広告フォーマットの規制、GDPRの施行など、インターネット広告業界においてパブリッシャーに影響を及ぼす変化が今もなお次々と起きています。どんどん理想が高度になる一方で、パブリッシャーをとりまく現実にはどのようなものがあるのでしょうか。

2017年、私たち株式会社brainyは、ExchangeWireと共同で、計6社のパブリッシャーにアドテクに関するインタビューを実施しました。そこから見えたもの、そこからさらに変化があった潮流などもふまえ、アドテク業界におけるパブリッシャーの現状について、まとめてみます。

もっとパブリッシャーからの発信を

私たちが2017年にインタビューを実施した背景は、以下の通りです。
この記述は記事化された6回のインタビュー記事、各回の冒頭に記載されています。

プログラマティックが普及して以降、パブリッシャーを取り巻く広告ビジネスの環境は大きく変わったといわれている。だが、日本における実態や実務を担う関係者による現場の声は、実はあまり取り上げられているわけではない。

私たち株式会社brainyは、2017年3月1日に株式会社オプトの100%子会社として設立されました。ソリューションを限定せずパブリッシャーの収益最大化を支援するPublisherTradingDeskを展開しています。前身は、アドサーバやSSPの事業であり、設立以前から長きに渡りアドテクを通して、パブリッシャービジネスと向き合っています。
そんな長いパブリッシャーの方々とのお付き合いの中で、特にここ数年、アドテクに関するニュースやコラムに関して課題に感じるところがありました。それは、「とにかくパブリッシャー発信の話題が少ない」ということ。プログラマティックが普及し始めてからというもの、テクノロジーの進化とともに広告ビジネスも大きく変わりました。純広告が中心だった時代に比べればあらゆる視点で変化が起き、問題となることも変わってきていますが、業界的に情報が飛び交うのはデマンドサイドの見解が中心です。

例えば、「ブランドセーフティ」という話題を1つとってみても、「低品質なメディアに広告が配信されることにより、広告主のブランドが毀損される問題をどうするか」という文脈が大半です。このことに関して疑問があるわけではなく、この背景にある同様の要因によって、パブリッシャーサイドにも問題が起きている、この事実があまり知られていないことに違和感がありました。我々は「メディアプロテクト」と呼んでいますが、「低品質な広告クリエイティブが配信されることにより、メディアのブランドが毀損される問題をどうするか」という”ブランドセーフティとは主述が真逆の”事態が発生しています。

これはbrainyを設立した背景にも重なりますが、私は、インターネットビジネスの発展を支えてきた重要な存在がパブリッシャーだと思っています。もちろん、広告商品を購入し、実際に出稿をするのは広告主なので、買い手のニーズにより潮流がつくられていくことは不思議なことではありません。ただ、今後もさらに変革を進めインターネットの世界を繁栄させていくには、売り手であるパブリッシャーの実態もふまえ、デマンドとサプライ両者で問題認識することが必要だと感じています。

そのためにも、劇的に変化する広告ビジネスの中でパブリッシャーには今何が起きているのか、とにかく発信していくことが不可欠だと考えました。決してデマンドサイドのニーズや見解が間違っているわけではありません。ただ、情報がデマンドサイドに偏重していることに危機感を覚え、パブリッシャーにインタビューをさせていただくことにしました。少しでも国内パブリッシャーの実態がより幅広く認知されることの一環になればと思い、パブリッシャーの実務に近いご担当の皆様に、多少専門的でも、リアルな理想と現実を語っていただくこととしました。

アドテクがもたらした功罪

全6回にわたるインタビューでは、下記6社のパブリッシャー様にご協力いただきました。

写真1:ドワンゴ ✖ brainy

ドワンゴ「アドテクの理想と現実」にパブリッシャーはどう向き合うべきか? - 大手パブリッシャー担当者が語る課題と未来 - [インタビュー]

写真2:産経デジタル ✖ brainy

産経デジタル「アドテクの理想と現実」にパブリッシャーはどう向き合うべきか? - 大手ニュースメディア担当者が語る課題と未来 - [インタビュー]

写真3:東洋経済新報社 ✖ brainy

東洋経済新報社「アドテクの理想と現実」にパブリッシャーはどう向き合うべきか? - 大手経済メディア担当者が語る課題と未来 - [インタビュー]

写真4:NTTレゾナント ✖ brainy

NTTレゾナント「アドテクの理想と現実」にパブリッシャーはどう向き合うべきか? - 大手ポータルサイトが語る課題と未来 - [インタビュー]

写真5:はてな ✖ brainy

はてな「アドテクの理想と現実」にパブリッシャーはどう向き合うべきか? - 大手UGCメディアが語る課題と未来 - [インタビュー]

写真6:グルメサービスRetty ✖ brainy

Retty 「アドテクの理想と現実」にパブリッシャーはどう向き合うべきか? - 大手グルメサービス担当者が語る課題と未来 - [インタビュー]

パブリッシャーが現状の課題を語ることは、捉え方によってはリスクを生む可能性もある中、一歩踏み込んで発信をいただいたこと、まずは6社のパブリッシャーの皆様にとても感謝しています。実務的、専門的ではありますが、ジャンルもスタイルも様々な各パブリッシャーの実態についてはインタビュー記事をご覧いただくとして、ここでは私なりにトレンドとして整理してみます。現在の日本国内のアドテクにおいて、以下4つがパブリッシャーサイドの重要課題と言えます。

①加速度的な進化に対する追従

②広告主=買い手との距離感、

③メディアブランドの保護

④特定ベンダー依存のジレンマ

①加速度的進化への追従

RTB、PMP、ネイティブアド、動画、ads.txt、アドブロック、ヘッダービディングなどなど。プログラマティックの普及がはじまって以降、パブリッシャーが対応、吸収、活用すべき変化が次々と生まれています。最先端をゆく欧米からの伝播スピードも年々早くなり、欧米でもまだ発展段階で日本国内に情報が拡散されてくることも増えました。実績として具体的な成功事例があるわけではなく、読めばすぐ実用できるような文献が手に入るわけでもない、かといって無視すれば将来の収益減少につながるかもしれないのです。

広告収益を上げることが事業の主目的ではなく手段の1つであるパブリッシャーにとって、アドテクの加速度的進化に追従し続けることは、かなりの時間と神経を費やすミッションになっています。ヒトモノカネをどこまで充てて追従していくか、パブリッシャーによって判断は様々です。

②買い手(=広告主)との距離感

アドテクの進化により広告取引が機械化され、何千何万と大量の売買が自動的に行われています。デマンドサイドにとっては、「どこの広告枠にどれくらい配信していてそれぞれ効果がどうだったのか」を全て把握すること、サプライサイドにとっては、「どこの広告主にどれくらい買い付けられていてそれぞれ収益がどうだったのか」を全て把握することは、プログラマティックにおいてはもはや非現実的です。また、取引成立までに、アドサーバ、SSP、DSP、DMP、代理店、トレーディングデスクなど多数のプレイヤーを経由するため、純広告の時代と違って、「なぜその広告枠を買ったか」に対する広告主の意図や判断がパブリッシャーに届きづらくなっています。

パブリッシャーとしては、運営媒体の掲載価値を高め、より広告収益を上げるために広告主のニーズに応えたいものの、そもそも商流として距離が遠い上に、例え直接ヒアリングする機会があったとしても、プログラマティックのとある1枠の買付けに広告主の明確な意思決定が存在しない(必要ない)のが現状です。この実態は、パブリッシャー、広告主どちらかに非があるとかではなく、より高速に、より大量に、より簡単にと取引スキームが進化してきたことによるやむを得ない着地点です。進化の逆走ができないがゆえに、広告主のニーズに応えて掲載価値をあげるという本来の改善プロセスが踏みづらいのはパブリッシャーにとって重要な問題です。

③メディアブランドの保護

冒頭でも述べた「メディアプロテクト」の問題です。「パブリッシャー」という言葉でWebメディアを一括りにしてしまうと認識有無が異なりますが、法人運営であり掲載コンテンツに対する責任に真正面から取り組んでいるパブリッシャーにとっては共通の難題ではないでしょうか。②と背景は同じで、1つの広告枠に何千何万の広告クリエイティブが配信される仕組みにおいて、中には明らかに公序良俗に反するもの、違法・不正にあたるもの、マルウェアなどユーザに危害を加えるものなどが混在することがあります。

これらは、パブリッシャーの最重要ステークホルダーであるインターネット利用者に対して、運営媒体のブランドイメージを損なうものであり、パブリッシャーとしてはなんとしても阻止したい事象です。一方で、中には悪質な企業もあるのかもしれませんが、大半の広告配信事業者はこの事態をよしとせず、様々な対策を講じて解決を目指しています。それでも、元凶を特定し、システム的に再発を完全防止することは難しく、ブロックをかいくぐって大量で高速な機械取引の中に巧妙に紛れ込んでくるのが現状です。

結果的にパブリッシャーは、一定レベルまではシステム的にブロックし、それでも回避できない場合についてはweb上で発見しだい、プラットフォーマーに連絡をして停止措置をする、という実にアナログな対応を強いられています。頻繁に配信元となるDSPが特定できている場合はそのDSPごと配信を停止することもありますが、そのようなDSPが増えすぎると今度は買付け元が減ることによるパブリッシャーの収益減に影響してしまうという悩ましいシーソーゲームが発生します。
これも、広告主もクリエイティブも1つ1つ目視で確認できていた純広告中心時代にはなかった、プログラマティックの進化による弊害と言えます。

④特定ベンダー依存のジレンマ

③で解説したとおり、メディアブランドを保つためには広告配信事業者とのアナログな連携が欠かせません。よって、運営媒体に配信する事業者が増えれば増えるほど、パブリッシャーは対応依頼先が増えることになり、同時に地道な手間が肥大化していきます。これを軽減するためにパブリッシャーは広告配信事業者を選別し、できるだけ少ない数で収益を担保できるよう絞り込みをおこなうことが多くなっています。

数社の広告配信事業者にまで精査できれば、「メディアプロテクト」対応だけではなく、日々のモニタリングや収益最大化の設定チューニングにおいても工数を削減することができます。極論、1社でまわすことが工数観点で言えばベストなわけですが、これもまた別の悩みの種を生むことになります。
多くのパブリッシャーにとってプログラマティックは今や欠かせない収益源となっています。その収益源が特定の広告配信事業者(=ベンダー)に偏ってしまうことは、必然的にそのベンダーの如何によって収益が大きく落ち込むリスクもはらむことになります。ベンダーは不特定多数のパブリッシャーを相手に、しかもグローバルで事業を展開していることが多く、様々な背景によって規制を追加したり、仕様を変更したりすることがあります。

収益の大半を占めるベンダーからの配信を止めるわけにはいかないパブリッシャーは、全ての変更指示に対して適応することを余儀なくされ、そのたびに運用や開発などにリソースをとられることになります。いつどんなタイミングでどれくらいの対応が必要になるか未来予測は難しいため、収益を守るために常に危機感を持って構えざるをえません。

効率化と依存のジレンマは、関わるプレイヤー各々の自然な意図によって成立しているため単純な解決方法を見出すのが難しい問題になっています。

価値が再確認される時代へ

主に4つの視点から現状のパブリッシャーをとりまくプログラマティックの現実をまとめてみましたが、一部のパブリッシャーには他にも「後継者育成問題」など様々な課題が存在します。さらに言えば、パブリッシャーにとってプログラマティックは広告運用の一部でしかなく、プログラマティック以外にも広告があれば、広告以外のマネタイズもあり、そのウェイトも多種多様です。

今、Web広告モデルには逆風となる潮流が多いのが実情です。一番優先されるべきはインターネットの利用者であり、その利用者を守るために関わるプラットフォーマーが様々な規制や制限を設けています。また、インターネットという特性から、流用や転記を簡単におこなうことができ、発信元への正当な還元を担保することも実現されづらい状況です。
収益の源泉となるコンテンツのアクセス量を生むために、パブリッシャーが良質なコンテンツを生成する工程は並大抵のものではありません。しかし、前述の背景などから、そのコンテンツの生成にかかる工数に対し、見合う対価をつくるのが非常に難しい時代になっています。

広告であれ、広告以外であれ、コンテンツが価値となって得られるべき対価を獲得できるようになるのか。フリーミアムが常識になり、価値を実感しなくとも享受できる利用感覚が変化することはあるのか。おそらくそこに特効薬はないでしょう。全パブリッシャー共通の方程式もないでしょう。

ただ、様々な逆風の中で、安全で良質なWebコンテンツの価値が再認識されている風潮があることも事実です。今後さらに、悪質、不正なWebコンテンツが淘汰され、全うなパブリッシャーが生み出す発信が重宝されていくことは間違いありません。我々brainyは、今回整理したような課題も踏まえ、特効薬がない以上パブリッシャーそれぞれに対して正当な価値を還元できるよう支援を続けていくことが必要だと考えています。

ABOUT 山岡 真士

山岡 真士

株式会社 brainy
代表取締役社長CEO
大手電機メーカーでSEを経験後、2006年オプト入社。アドサーバ事業に4年間従事し、2010年より「Xrost」事業立ち上げに参画。2011年Platform ID社設立に伴い、プロダクトマーケティング部部長就任。2012年よりSSP推進部部長としてSSP事業立上げ、2015年OPTへのSSP事業譲渡に伴いOPT帰任、SSP事業部部長、パブリッシャーブレーン事業部部長を経て2017年3月1日、株式会社briany代表取締役社長CEO就任。好きなものは日本酒。